国道213号線 トンネル16
香々地トンネル
かかぢとんねる |
国道213号線 |
大分県豊後高田市大字香々地字牛迫 |
竣工 |
1974年(昭和49年) |
延長 |
167m |
さて、貴船隧道からいったん現道に戻る。
ここから先、明治中期に海岸沿いに建設された
地元悲願の「沿岸道路」が本格的に始まる。
記録に残る建設当時の隧道は香々地〜豊後高田間で「10」。
現道として使われている隧道もあるが、旧道ももちろん…
一直線に尾根に向かう現国道。
温泉が好きな人は標識のところで左に曲がって10分ほど走ろう。
尾根の手前から坂道を登ると、一直線にトンネルが現れる。。
香々地トンネル 香々地側坑口 だ。
昭和48年度完成(昭和49年3月)。国見町で見てきた現道のトンネルと
同じような時期に完成している。この時期やはり国東半島北部では
トンネルを含めた大改修が行われていたのだろう。
しかし、補修されているんだが…
どうもペンキで縁取りしたようにしか見えない。
トンネルがわかりにくくて激突する事故が頻発したのだろうか…
トンネルから山側に旧道が延びる。ちなみに左の写真の一番左端が海側に下りていく旧道。
つまり現道と旧道はX型に交差している。わかりにくい写真ですが。
旧道を山側に200mほど行くと旧隧道が現れる。
高さ制限は3.5m。2階建てバスでは来ないほうが良い。
牛迫隧道 香々地側坑口
うしさこずいどう |
国道213号線(旧道) |
大分県豊後高田市大字香々地字牛迫 |
竣工
改修 |
明治29-34年?
1953年(昭和28年) |
延長 |
142m |
旧道は名前が違うが、こちらは小字名をとっている。
竣工は前述のとおり明治29年から建設の始まった沿岸道路と同時期。
1953年に改修を受けているが、周辺の旧道隧道はほぼこの時期に改修されている。
これは国道指定に合わせて行われたもであろうと思われる。
国道になるって言うのはそれだけ重要なことで、しかも予算がついたのだろう。
※注 当時は道路特定財源はありません。どーでもいいけど。
内部は、素掘り+モルタル吹きつけ。
この隧道、バスが通っているわけでもないし、現地の人もそこまで
使っているわけでもないと思うんだが、なぜか照明が生きている。
牛迫隧道 豊後高田側坑口
さて、反対側に出てきたわけだが、熱心な国道213号線ファンなら
既に予想がついていると思うが、
←香々地トンネル 牛迫隧道→
ちゃんと横に現道がきてます。
(マウスのっけてね)
しかし、他のトコと違い、この旧道は現道に合流しない。
赤が現道、青が旧道。わずか5mのニアミスだ。
一応連絡道のようなものがある。
もちろんこの道をいけば→は青い道を行くわけだが…。
明治36年測量 大日本帝国陸地測量部発行五万分の一地形図「鶴川」
赤が現道。牛迫隧道をバイパスするように真っ直ぐに道路改良されている。
が、バイパスする隧道がひとつではない。
隧道プチ確変→
※ここまで来てだんだん分かってきたことの覚え書き
(豊後高田〜国見町竹田津間 いわゆる半島西部版)
明治29〜34年 |
第一次隧道建設ラッシュ |
昭和28年〜 |
国道指定。第一次改修ラッシュ。 |
昭和40年代後半
〜昭和50年代前半 |
213号全体で第二次改修ラッシュ。
バイパストンネルも多く建設。
(旧道化促進シーズン) |
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2008.6.26
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