特設ステージNo.6
熊野隧道

熊野隧道の記憶 その1
■プロローグ■

2010年の正月も実家で過ごす。

コタツに寝転がって箱根駅伝なんぞをTVで見ながら、
母が出してくれる料理を食べつつビールを飲んでいるという、
親孝行から1万光年ほど離れたひと時。

「国東のトンネルのホームページやってるならネタでも探しに行けよ」
と言われそうだが、正直ネタ切れ気味。



そんな中、一箇所だけ確認しときたいものがあった。

いや、しなきゃいけないものがあった。


以前、県道新城山香線の平野隧道&他2の記事を書こうとしたとき、
tunnnelwebのtaihei氏より貴重な古地図を頂いたのだが、
上記隧道群からちょっと離れたところに一つの隧道が見て取れた。


taihei氏より頂いた地形図

赤丸がそのとき紹介した隧道群。
で、右下に小さいながら大好きなマークが。

「熊野」といえば全国的には紀伊半島にある「熊野古道」のことであろうが、
大分県では豊後高田市の「熊野磨崖仏」のことである。

その熊野地区に行く小さな隧道。
すぐ脇の2本線で描かれる道路が後年改良されて、上の方の平野隧道他が
あった旧県道から切り替えられ、現在の県道新城山香線となっている。


とりあえず現在の地形図で見てみると、


なんだ、開削されているではないか。
現在の新城山香線から熊野集落に行く道には隧道マークが無い。


とりあえず、コノミチイケバ・データベース(僕の脳内)には
「熊野隧道(仮):開削済み」
と記録された。


■情報アリ■

さて、2009年も暮れに差し掛かったとき、一人の読者様より情報を頂いた。

このすぐ近くに住んでいると言うBOW氏は、これまでもメールで
お互い情報のやり取りをさせていただいていた方だ。

僕のページを参考にされて、一円坊隧道とその廃道区間を
マウンテンバイク担いで走破したというツワモノ。

自転車で行く道ではない。




で、今回頂いたメールには…


「県道の現道脇に素堀の隧道がありました。」
(あ、知ってます。熊野のところですよね。)

「中山香から田染(豊後高田市)に抜けるには(中略)
 熊野の集落を経由して旧県道と合流していました。」
(なるほどなるほど。そういう歴史があるんですねえ。隧道が無くなったのが残念。)


「現道は大胆なオープンカットによって建設されていますから、」
「切り通し脇に今でも残っています。」



詳しくお話を伺いましょうか。(キリッ)







なんと、開削されてしまったと思っていた隧道が残っているとのこと。
BOW氏は幼少の頃よりそこを通っていたそうだ。


え?地図見間違えたかな…

というか、このあたりって行ったこと無いんだよなあ…

とりあえず地図オープン。

県道になる前?
現況(新城山香線道路改良後)



上記二つの地形図をパソコン上で重ねてみる。





あ…


隧道と開削位置が重なっていない…

コレはつまり「道路改良後に隧道がある箇所は廃道となり地図から削除」ってことか!

こんなことを見落とすとは…


ということで、箱根駅伝も終わり、熊本に帰る時間になったので、
寄り道して熊野隧道を確認していくことにした。

(あ、ビール飲んでたのは往路、前日ですよ。念のため。)


せっかくなのでBOW氏にも電話して、ご一緒していただくことに。












現道脇に残っていると言う。










正直ナメてました。

正月から国東半島の底力を味わうことになる→


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2010.1.10


熊野隧道の記憶その2
熊野隧道の記憶その2
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